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中村憲剛が2022年を振り返る【第3回・JFA A級ライセンス、JFAロールモデルコーチ編】


今回はJFAの指導者ライセンスやロールモデルコーチ、育成年代についてのお話をしたいと思います。

引退直後の2020年度(〜2021年3月)でC級ライセンスを取り、昨年2021年度(〜2022年3月)でB級ライセンスを取得しました。そして今年度は2022年の4月からA級ライセンスの講習会を受講し、取得させていただきました。これまではB級ライセンスを取得してから1年間指導をした上でA級ライセンスを受けるという流れが慣例としてあったのですが、去年その条件が緩和されて日本代表で20試合以上の出場歴がある元選手は、その間を空けずにA級ライセンスを受講できる仕組みになりました。

実質的にB級からA級間で指導すべき1年間が短縮され、その対象者が僕やアツト(内田篤人)だったことで、物議を醸したわけです。その決定に関して、僕から何かを言えることはないのですが、僕からすると逆にハードルが上がりました。期間が短縮され、周りの目が厳しくなったからこそ、基準を満たすだけではライセンスは取得できないと。「中村憲剛、楽するなよ」といった意見もあったかもしれません。ひとつ誤解のないようにしたいのですが、期間こそ短縮したものの、受講の中身を短縮したり何かを飛ばして先に進むと言うことはありませんでした。受講の内容、進め方はこれまでと全く変わらず、カリキュラムの全てを他の受講生の皆さんと同じ工程で取得させていただいたことだけはお伝えさせてください。同期の受講生は昨年のB級同様、様々なカテゴリー・職種の指導者の方たちでした。高校サッカーの監督さんや大学の指導者、町クラブやJクラブのアカデミーやスクールの方、元Jリーガー。皆、志が高くモチベーションも高い方たちだったので、昨年も今年もとても雰囲気が良く充実した時間になりました。

今年に関しては、先程言ったように1年間短縮してもらったことが逆に相当なプレッシャーになったので、その分とにかく全力で頑張りました。

B級ライセンスではサイド攻撃や中央突破、ゴール前の守備など、スポットのトレーニングというか、グループ戦術を8つのテーマに分けて実践しました。なので、使うエリアはA級よりは狭く、オニさん(鬼木達)で言うところの火曜日あたりのトレーニングですね。これがA級ライセンスになるとよりチーム戦術になって、エリアも広くなります。高い位置からのプレス、そのプレスをひっくり返すビルドアップ等の7つのテーマに沿って、改善するチームのテーマだけではなく、攻撃、守備、攻撃から守備、守備から攻撃と4局面にタッチしなければいけません。その原理原則をちゃんと理解した上で、メニューを作成し、選手にこのテーマで獲得して欲しいものを提示する。自分もプレイヤーとして指導実践を受ける立場でもあるので、午前・午後とかなりサッカーをしました。正直、プロのキャンプよりもキツかったです(苦笑)。夜は講義が入り、そのあと0時近くまで毎晩受講生のみんなとあーでもないこーでもないと議論を深める時間は体的にはきつかったですが、とてもとても楽しいものでした。

A級ライセンスでは7つのテーマを指導者として指導実践し、プレイヤーとしてプレーしながら体感することで、テーマ理解を深め意図した戦術行動を指導するベースはできたと思います。そこから、S級になるとプロの監督としてのマネジメントが入ってきます(S級を来期受講できるかどうかは現時点ではまだ決まっておりません)。そこは僕が現役時代に見てきた日常を思い返しながらやる感じなのかなと。ライセンスが進むごとに講習内容が基礎から応用に移行していきますが、自分からすると現役時代に考えながらプレーをしていたので、広いところからどんどん細分化していく感覚でした。

実際に指導実践をする時は、本当に何が起こるかわからないんです。プレーするメンバーは受講生と補助学生(僕の場合は北信越コースだったので、来てくれたのは松本大学サッカー部の選手たち)を合わせた約25人ぐらいいるなかから決められるんです。そして指導する側は監督役、コーチ役、GKコーチ役という3人1組のローテーションで指導実践をやるので、監督の時にやるテーマ、コーチ役・GKコーチ役でやるテーマが変わります。担当するテーマにおいて自分が何をメインコンセプトにして選手たちに共有するのか。それを監督の時は最終的に自分が決めます。コーチ役・GKコーチ役の時は監督の方針を尊重した上で、指示をされた範囲でGKコーチ役のときはGKに働きかけて、コーチ役のときは選手に関わったり、円滑にトレーニングが進むように務めます。三役やってみましたが、監督は総合的に判断してすべてを決めるので、トレーニングの雰囲気や内容がほんとに変わります。改めて監督の決断は本当に重いし、大事だなと思いました。

指導実践のときは、同じグループの3人や残ってる人たちと毎日深夜までずっと話をしていました。サッカーだけではなくてサッカー以外のことも。やっぱり一緒にグループを組むならば、サッカー観含め人となりを知るのが大事ですからね。同じグループでライセンスの講習を受けた人たちとは仲良くなるという話を先輩から聞いていましたが、この環境だったらそれはそうなるだろうなと思いました。本当に密度の濃い期間でした。5泊6日で3期に分けての講習。現役時代の頃に例えると3週間キャンプをするような感覚で、最初と最後では仕上がり具合が全然違うなと、みなさんの指導実践を見たり、プレーヤーとしてやっている中で感じました。

また同じ現象でも指導者と選手の目線では見る角度が違います。選手はどちらかといえばより局所的な目線ですが、監督は周りのものすべてを見なければいけません。そして問題が起きたときにどう改善するかを具体的に選手に提示しなければ、選手に納得してもらえないと思います。「納得感」がなければ選手は動いてくれません。だから監督目線での講習はすごく勉強になりました。現役選手たちが引退後に指導者になることは多いと思うのですが、B級A級と受講してきた人間として、指導者ライセンスでの学びは自分が思うよりも多く、正直、現役時代に受講すれば良かったと思うものでした。現役で学ぶものと、指導者目線で学ぶものは似てるようで違います。両方の目線を持つことで現役でのプレーに影響は出たのではないかと思います。より多くの方がライセンスを受講し、しっかりと現代サッカーのベースを学ぶことで、自分のスタイルを築く土台になると思いますし、それが後々指導者になった時に選手たちにより多くのものを与えられる機会が増えるのでないかとも思いました。選手を育成するには、いろいろな経験をもつ指導者が増えなければなりません。自分が今いる場所よりも先のライセンスを受講しに行くかどうか迷われている方がいるならば、是非受講して視野を広げてほしいなと心から思います。

育成年代の指導としては、僕は2021年からJFAのロールモデルコーチとしてゴリさんこと森山佳郎監督が率いるU-17日本代表やその下の世代を対象に関わらせてもらっています。また、今シーズンに関して言えばU-16日本代表での活動にスポットで参加させていただきました。昨年も良い経験をさせていただき、今年も回数自体は少なかったですが、とても素晴らしい経験をさせていただきました。彼らに昨年今年と伝えていたのは、「今ここにいることがみんなの未来を保証するものではないよ」、「俺が17歳ぐらいのときは、君たちが手を抜いても勝てるようなチームでサッカーをやっていた。でも、10年後には立場が変わったよ。逆に言えば、今君たちが頑張れば俺みたいな選手は到底追いつけない。だから今ここにいることで満足して、後に抜かれること自体おかしいことなんだよ」と言った話でした。今は安泰だと思っていても、まだ知らない選手に抜かれる可能性がある。これは僕のキャリアだからこそ言えることだと思っていて、この話は効くんだと思います。それで選手の目の色が変わるんです。

今年はゴリさんからテーマは何でもいいよと言われて、ミーティングをさせてもらう機会をいただきました。これは悩みました。うーん、何を話したらいいだろうと思ったときに、僕がプロで18年間やれた理由をこれからプロを目指す彼らに伝えたいなと思いました。試合に出るために、チームで存在感を示すために長い年月プレーするためにはどうするべきかというテーマで、ゴリさんに合宿初日にお願いされてから、時間を見ては自分でパワーポイントを使ってスライドを作りました。熱を帯びて話が長くなっちゃいましたが、みんな真面目に聞いてくれました。実際のところ、15歳、16歳の子が本当の意味を理解して行動に移すって簡単ではないと思います。でも、彼らからすれば僕はこの先もずっと一緒にいる人間ではなく、短期間で通り過ぎていく指導者の1人です。だからこの短期間で僕の言葉が全部入らなくてもいい。ただ、僕の言葉が彼らにとって何かのきっかけになったり、何かが残ってくれたら良いなと。ふと思い出してくれればいいし、僕の考えが絶対でもないので、自分でうまく活用してほしいと思います。

ただ、同時にサッカーにおいて大事なことはあるよね、とも伝えています。サッカーは足を使ったボールスポーツで、相手は時間とスペースを削ろうとしてきます。その限られた時間とスペースをどれだけ増やせるか、1番必要なのがボールコントロールです。「止めて蹴る」という表現だと、「また出たよ」という人もいるかもしれません。でも今回のワールドカップを観ていてもそこのクオリティの差が出ていましたし、やっぱり大事なことだと思います。あとはポジショニングや前を向く姿勢、ハードワークすること。そこを徹底できれば、ある程度のことはできる。しかし、ベスト16の壁を越えるためには日本代表強化だけではなく、この世代の日常を更に高いものにしていかなければならないと改めて感じましたし、選手たちには全ては自分次第で変わることを信じて、突き進んで成長して欲しいと思います。

(第4回に続く)


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