「チームバスの車窓から」#1
「来年、俺が定年退職したら、チームバス(の専属運転手)やるか?」
と、前任の専属運転手である小泉に声を掛けられたのはちょうど今から5年前、2016年の梅雨ごろでした。
そのときの僕は、仕事の経験値に貪欲な一般貸切観光バスの運転手でしたし、チームバスの専属運転手がどんな仕事なのか実感として理解できるはずもなく、漠然と「珍しい仕事が来たなぁ」くらいにしか思っていませんでしたが、「はい、是非やらせてください」と答えました。
ここまで見て下さった皆さん、ありがとうございます。
川崎フロンターレのチームバスでハンドルを預かっております、町田篤仁です。
今回、本来は裏方の一人である僕が、このように書くチャンスを頂けたこと、とてもうれしく思っています。ここでは「チームバス」という少し珍しい切り口から、フロンターレのこと、普段のバスの仕事のこと等々、少しずつ書いていけたら良いなと思っています。
さて、少し話を戻します。
2016年、小泉のスペア(バス業界用語で副担当、副乗務員のこと)として時々アカデミーの遠征を担当するようになったものの、僕はほとんど変わらず一般貸切観光バスに乗務していました。
また、実は僕のサッカー経験は小学校の体育の授業での真似事程度しかなく、知っているルールは「手を使ってはいけない」のみ。プレイヤーにポジションがあるということもよく分かっておらず、「ゴールキーパーとその他大勢」程度の知識しかありませんでした。
そんな知識でスペアとはいえチームバスに乗務していたのは、今となっては冷や汗ものですし、それはそれは恥ずかしい勘違い話もその頃に量産しました。
しかしチームの中であったり、お客さんの前での小泉の立ち居振る舞いを見ているうちに、どうやら普段通りバスを走らせるだけではないことがわかってきました。バスの運転手として仕事ができるからといって、フロンターレのチームバスの運転手が務まるとは限らなさそうだぞ、と。もしかしたら安請け合いしすぎてしまったかな、とも思い始めました。
やがて小泉の定年が近づき、トップチームの遠征に帯同するようになると、僕を含め観光バスの運転手が大好きな温泉とかご当地グルメといった余禄よりも大きな楽しみ、仕事の面白み、やりがいがチームバスの仕事にはある、ということに少しずつ気付いていきました。
それはバスの外側に見えるものと、内側に見えるものの二面があります。
まずバスの外側に見えるものといえば、沢山のお客さんです。
一般の観光バスでは、関わるお客さんは多くても数十人です。そしてお客さんの目線や意識はこれから起こる「こと」に向いていて、バスには基本的には向かないものです。
けれどチームバスでは、等々力競技場でフロンターレのホーム戦がある日の中原街道で、南武沿線道路で、そしてスタジアムで。はたまたアウェイ戦前の移動日に東名高速で、中央道で、東関道で。青黒のフロンターレチームバスを運転していると、数百、数千、もしかしたら数万の人々の目がこちらに向いているのがわかります。
本当にたくさんの方々が「川崎フロンターレ」を楽しみにしているのです。そしてチームバスの車体そのものや僕までも、時として大きな「川崎フロンターレ」の一部として見られるのです。
ホームもアウェイも毎試合現地観戦するという熱量の高いサポーターから、試合の結果はネットでチェックしているというライトなファンまで、十人十色ならぬ十万人十万色の楽しみ方があるでしょう。
等々力競技場に来場しているお客さん一人一人も、絶対必勝を期した気合いで耳から湯気を出しているような勝負師の面持ちの人、「推し」の選手の一挙手一投足を余さず目に焼き付けたい人、愛嬌たっぷりのマスコッツを楽しみにしている人、場内外のスタグルを楽しみにしている食いしん坊さんまで本当に人それぞれでしょう。
皆それぞれですが、皆楽しそうです。
等々力で、またアウェイの地で、選手たちと監督以下スタッフをスタジアムに送り届けた後、チームバスの運転手には束の間の隙間時間があります。
そんな時、僕は場内外でお客さんのお顔、スタジアム全体に醸し出される雰囲気を見に行くのが好きです。老若男女、ホームチームもビジターチームも関係なく、今からその場で始まるその一試合を楽しみに、ワクワクドキドキしている大きな空気を感じると、自分もその一員として働けていることをうれしく思います。
そしてバスの内側に見えるもの。
先にも書きましたが、僕はトップチームだけでなく、スクール生、アカデミーの各年代の選手たちともチームバスで帯同することがあります。
すると、そこにはもちろん勝負や昇格にまつわる悲喜こもごもがあります。
Jリーグで、日本代表で注目を集める選手だけがサッカー選手ではなく、むしろその場所を夢見て地道に汗を流す少年達こそが「サッカー」の本質なのではないかと思うようになります。毎シーズン、最初に顔を合わせる時には新加入選手の期待に満ちた、誇らしい顔は眩しいです。昇格した選手は本当に見違えるように逞しく見えます。そしてふと居なくなった顔を思い出して、それぞれの成長と幸運を祈ります。
フロンターレアカデミーにバス運転手として関わるようになってまだたったの5シーズンですが、毎年、毎回まさに「男子三日会わざれば刮目して見よ」の心境です。
そしてトップチームに帯同していても、プロスポーツ選手の地道な努力、時には悩む姿を目にします。
チームバスには基本的にはベンチ入りする選手しか乗って来ることがありませんから、ほとんど挨拶もできないまま別れてしまう選手もいます。そんな時にはプロスポーツ選手の厳しさを感じることがあります。
試合の後、チームバスが集合場所に戻り、選手達が自家用車で帰った後、バスの中では鬼木監督、寺田コーチ、二階堂コーチ、篠田フィジコが「試合の振り返りの会」(?)をしているのを目にします。
試合に勝った後も、思い通りにならなかった時も、毎回淡々と自分たちの試合を振り返り、話し合っているのを目にします。それは勝負事に勝つための「PDCAサイクル」のCの一部分でしょう。
今のフロンターレの華々しい快進撃もこうした地道な思索、努力の積み重ね、そして人の巡り合わせの妙の賜物なのだとひしひしと思います。
もう一度話を等々力競技場に戻します。
チームをスタジアムに送り届けた後、バスは試合後に帰る向きへと方向転換します。その時、本当に沢山の方々がバスと僕に向かって手を振って下さいます。
一介の会社員の僕にまで「町田さーん」と名前を呼ばれるのは嬉しくもあり、ちょっと恥ずかしくもあります。けれど同時に、本当にたくさんの人の期待、楽しみ、喜びである「川崎フロンターレ」の隅石のひとつとして働ける幸運を誇らしくも思っています。
いつもバスに向かって手を振って下さる皆さん。
ここまで読んで下さった皆さん、ありがとうございます。
「チームバスの車窓から」最初で少し堅苦しくなってしまいましたが、裏方の末席から、少しずつ書いていきます。どうぞよろしくお願いします。