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「中村憲剛の引退をプロモーションする」~構想10年、準備2か月の最大ミッション奮闘記~[前編]

 バナナ、おフロ、算数ドリル、ゴジラ、南極、宇宙…。今まで様々なトピックのプロモーションを行ってきました。
その多くは1~2年前から、長いもので4~5年くらい前から構想を考え、企画を膨らまして実行しています。
そんな中、中村憲剛が引退しました。僕は中村憲剛引退という最強トピックを実に「10年」もの歳月をかけてプロモーション構想をたてていました。想定外だったのは、その準備期間がほんの「2か月」だったこと!
今回、なぜそんな状況に追い込まれてのプロモーションだったのか「事の経緯」と、自分の持ち合わせているチカラMAX出しきった「引退セレモニー裏話」を惜しげもなく皆さんにお届けします。
30,000字超の大作のため、「前編」「中編」「後編」の3部構成にしました。
コロナ禍&シーズンオフでフロンターレ不足に陥っているサポーターの皆さんや、企画やイベントをどう組み立てるかスポーツプロモーションに興味関心のある人たちに読んでもらえると嬉しいです。
今回、クラブ公式noteの有料展開トライアルも兼ねています。コロナ禍でもJクラブが生き残る新たなマネタイズ手法の模索です。
僕の懐に入れるわけではありませんのでご安心ください(笑)。

天野春果

「前編」Chapter1~6

<chapter1:2010年ケンゴの決断>

「中村憲剛の引退をどうプロモーションするか。」

この最大最強の案件に関して僕は振り返ればもう10年くらい向き合ってきました。

このことに向き合うきっかけになったのは2010年夏の終わりかけ、秋の気配がし始めたころ。等々力競技場でのホームゲームが終わりスタジアムを出て駐車場にむかった時でした。

ケンゴのお父さん・憲英さんと車の前で偶然会い、欧州クラブからオファーがきているケンゴについて立ち話をしました。2010年といえば南アフリカW杯があり、フロンターレからは稲本潤一(イナ)、川島永嗣(エイジ)、鄭大世(テセ※北朝鮮代表)、そしてケンゴが代表に選出された年です。

日本代表は予選を突破し、ベスト16に進出。クラブから4人も選出され、しかも日本国中がW杯の大きな熱狂に包まれていたころ、僕の心は浮かれるどころかW杯後フロンターレにのしかかる問題に気持ちは沈んでいました。それはエイジ、テセの海外移籍がほぼ決まっていたからです。

W杯という大舞台にクラブ所属選手が出場することは誇らしいことですけど、出場することにより海外クラブのスカウトにかかり、クラブを離れる状況を生み出すというのは何とも皮肉なことです。

サポーターの皆さんは「クラブからいなくなるのは寂しいけど、海外クラブで活躍してほしい!」と一様に言うと思います。まぁ僕らクラブスタッフも最終的にはそう言わざるを得ないのですが、心の底では僕はいつも「勘弁してくれよ…」と正直思ってます。クラブの顔の選手がいなくなるというのはクラブ経営、集客、収益にとってホント笑えない危機なのです。

強化的な面でもそうでしょうけど事業的にもイタい。相当イタい。フロンターレは自治体の啓蒙活動ポスターやスポンサーPRにも積極的に選手の肖像を使用してもらっています。顔になる選手が抜けるということは、残った顔になる選手にそれら活動が集中しやすくなるということです。

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W杯代表選手選出は誇らしくもあり、その後の移籍を考えると悩ましくもあり…

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「中村憲剛の引退をプロモーションする」~構想10年、準備2か月の最大ミッション奮闘記~[前編]

川崎フロンターレnote部

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